
世界有数の厳しさで「鎖国状態」という指摘まで受けた日本の水際対策。10月11日からは個人旅行も解禁されるなど、外国人観光客の大幅な増加が期待されています。この時を2年以上、待ちわびた観光業界からは歓迎する声が聞かれますが…。取材で見えてきたのは人手不足に悩む現場の実情。喜んでばかりではいられないようです。(経済部記者 樽野章)
団体客の予約が戻ってきた
渓谷沿いに旅館やホテルが立ち並ぶ、関東でも有数の温泉地にある開業56年の旅館に、9月下旬、旅行代理店から思いがけない連絡が入りました。

11月の紅葉シーズンをめがけて、雄大な渓谷美で知られる鬼怒川温泉を盛り込んだ旅行商品をつくろうというのです。
この旅館では、政府が水際対策の緩和を発表した直後からこうした連絡が連日入るようになったといいます。

波木社長
「国内の観光客もまだ以前のようには戻っていないので、外国人観光客が増えるのはありがたいです。コロナ前は観光業がオフシーズンになる時期でも外国人観光客は来てくれていたので、オフシーズンの活性化という意味でもたいへん期待しています」
観光業界では、いよいよコロナ前の活況を取り戻せるのではないかと期待感はひとしおです。
働き手が集まらない
それが人手不足です。
コロナ禍で業界全体が低迷する中、この旅館ではことし春に採用した新入社員が早々に離職する事態に見舞われました。
来年春には10人ほど新卒採用を計画していますが、応募は去年やおととしを下回る状況だといいます。

また、経済全体が回復に向かう中、さまざまな業種が採用を増やしていることで、正社員だけでなくパート従業員も集まりにくくなっているといいます。
波木社長
「ほかの旅館の人と話していても人手不足の話題は多いので、うちだけではなく全体的にかなり厳しくなっていると思います。人と人が接するサービスで旅館業は成り立っているので、ものすごく大変な部分がありますし、若い方に来てもらって育って頂かないと将来的にどうなるのかということも心配です」
宿泊業は特に人手不足
民間の信用調査会社「帝国データバンク」の8月時点で約50業種の2万6000社あまりを対象に行った調査結果によると「旅館・ホテル」で「正社員が不足」と答えた割合は72.8%と業種別では最も高くなりました。
去年の同じ月より45.5ポイント高く、コロナ前の2019年6月の73.1%に次いで、過去2番目に高い水準です。

観光庁が発表したホテルや旅館などの客室の利用割合を示す「稼働率」は8月の速報値で2020年3月以降、初めて50%を超えました。
急速な需要の回復で、宿泊業界では人手不足が急速に広がっているのです。
「私たちも変わっていかないと」
こちらの旅館では、サービスの質を落とすことなく、思い切って業務を効率化する方法を模索しています。
その1つがタブレット端末の導入です。

以前は、宿泊客が部屋に到着した時に従業員が行うこうした説明に15分ほどかかっていましたが、それを短縮することができました。
さらに、この端末で大浴場やフロントの混雑具合を確認出来るようにすることで、宿泊客の利用を分散しようと工夫しています。
こうした地道な積み重ねで、従業員の負担を少しでも軽くしたいといいます。
波木社長
「宿泊業、特に旅館のような場所は、情緒が売り物だったり、人と人とのふれあいが大切だったりしますので、そういう所は絶対に省けない。でも、そのほかで省力化できる所はないのかということは経営者が考えないといけない所だ。長引くコロナ禍でひとびとの価値観も変わった中で私たちも変わっていかないといけない」
人手不足は観光業界全体に…
観光関連のサービスを手がけるさまざまな事業者にも広がっています。
東京・浅草で日本文化の体験サービスを手がける会社では、売り物の1つとなっている人力車を引く従業員がコロナ前の30人から18人に、茶道や書道などの日本文化を教える従業員も5人から3人に減りました。

会社は観光需要の回復をみこしてことし春ごろから採用を本格的に再開しましたが、なかなか採用に行き着く人材の確保が難しかったといいます。
さらに、採用したとしても一人前に育てるには時間がかかります。
人力車の場合で少なくとも1か月、日本文化を教えるスタッフは1年以上の研修期間が必要で、サービスの質を維持するためにも研修期間を短くすることはできないのです。

藤原代表
「コロナ禍のこの2年間は本当に長く、先が全く見えませんでしたが、ようやく外国人観光客が来られるようになり、本当にほっとしています。観光業はいま一斉に求人を出しているので、採用競争が厳しくなっていて焦りも感じているが、サービスの質は落とせないので、適性のある人を一生懸命採用していきたい」
どう対処すれば?
観光などの分野に詳しい日本総合研究所の高坂晶子主任研究員に話を聞きました。

ー観光業では需要の回復に伴い人手不足が深刻になり始めている。
高坂主任研究員
「日本の観光地は週末など休日のみ忙しく、それ以外の平日は暇な時期が多いという構造になっている。繁忙感の高い日が集中するため、需要を平準化することが重要だ。外国人観光客は、曜日に関係なく平日も訪れるため需要の平準化への貢献が期待できる」
ー人手を確保するには従業員の待遇改善が欠かせない。
高坂主任研究員
「事業者がしっかりと利益を確保して、賃金に回す仕組みをつくることだ。日本は海外に比べると宿泊・飲食にかかるコストは廉価だ。一方で品質は維持できているので魅力的な観光地となっているが、やはり、無理している部分もあり、利益が上がりにくい経営体質になっている。価格を上げて、適正な利益を確保し、それを従業員の賃上げなどにつなげる必要がある」
ー対面の接客が主となる観光サービスで生産性をあげるにはどうしたらいいか?
高坂主任研究員
「観光や接客といった分野でもデジタル化が重要だ。観光業というと人と人が接するサービスが重きを占めてきたが、だからといってすべてをマンパワーに頼ることはない。チェックインの自動化など最新の設備を取り入れることは効果的だ。そのためにはそれ相応の資金が必要なので、政府はそういった分野への支援を行う必要がある」
問題を根本的に解決するために
3000万人以上の訪日客が訪れていた2019年の外国人旅行者の消費額は4兆8000億円で、それを上回る額です。
その達成に向けては、新型コロナで傷んだ地域の観光地で働く人材の育成や確保が必要です。
そして人材不足の問題を根本的に解決するためには、従業員の待遇改善が欠かせません。
そのためには、専門家も述べたように宿泊単価の引き上げなどによって稼ぐ力を伸ばし利益を確保することが大切だと感じています。
地域の観光地がどう稼いでいくのか、というテーマはコロナ前から指摘されてきた難題ではありますが、大幅な需要回復が見込まれる今だからこそ、この問題を考え直す必要があると感じました。

経済部記者
樽野 章
2012年入局
札幌局、福島局を経て現所属
国土交通省を担当
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