ウォールストリート・ジャーナルの訃報には「二流電子部品会社を世界で最も巨大なスマートフォンと家電、半導体生産地に変貌させた大韓民国サムスン・グループの李健煕(イ・ゴンヒ)会長」と紹介された。
1990年代後半の米国留学時代をふと思い出した。当時、サムスン製品は米国の大型家電量販店ベストバイの片隅に寂しく陳列されていた。米国の友人たちはサムスンを日本のソニーの下請け程度に理解していた。アジア通貨危機後、未来への恐怖しかなかった世紀末、「われわれは果たして日本を一度でも超えられるのか」と疑っていた時期があったが、それは長くは続かなかった。
サムスンの役員・社員と李会長のリーダーシップは10年余りで全てを変えた。2011年に米国で再び同じベストバイに立ち寄ってみると、陳列台で最も目立っていた一等商品にはサムスンのマークが刻まれていた。サムスンが大躍進し、日本の電子産業と企業は満身創痍(そうい)となった。誰もが克日を叫んでいたが、解放後に初めてわれわれが口だけでなく、実力で日本に何かをお返しした貴重な記憶の底にはサムスンがあった。
先代のイ・ビョンチョル会長による創業も偉大だったが、李健煕会長の守城はさらに素晴らしい成果だ。1987年に世界の超一流企業を目標に「企業体質と根本構造を見直す」とのスローガンを掲げて始まった李健煕会長のリーダーシップは、サムスンと国家経済を量と質の両面から根本的に変えた。故人の最も優れた能力は、製品競争力のその先を見据えた洞察力と、これを実行に移した革新精神だ。
「新たな21世紀は文化の時代となり、知的資源が企業の価値を決めるでしょう。そのため企業は単に商品を売るのではなく、文化と哲学を売らねばなりません。デザインと同じくソフトな創意性が世界的競争の究極的戦場になるでしょう」 サムスンがただのメーカーからデザイン企業に生まれ変わるそのプロセスには、李会長のあまりにも卓越した眼目と省察がその根底にあった。
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